あの日…
タックとクッキーの住む地方は、晴れ渡った空が広がっていました。
そう、今思い起こしても、すごく穏やかな昼下がりだったはず。
そして、その時間がまだ少し続いた後、いつものように、ありきたりだけど、
平穏に、一日が終わるはずでした…
ですが、突然、いつもとは違う、大きく、はっきりと身体に感じる揺れが襲い、
部屋の中では、ガタガタ、振動で物が動く音があちこちから聞こえ、
照明や、壁に掛けてある物等が、左右に、ゆらゆら動き。
その時間が長く続いたので、不安な最中でも、
1993年の北海道南西沖地震を思い出していました。
あの時は、この揺れがおさまることなく、激しくなり、もう駄目かと、悲鳴を上げていたのですが、
その恐怖が蘇りました。そんなことになったら、どうしようか…
既に、タックとクッキーを抱き上げ、キャリーの中へ避難させてはいたものの、
さらなる不安を感じ、より安全な場所へと、テーブルの下へ移動。
テレビをつけ、玄関を開け、ベランダを開けると、
隣のマンションの数人は、外へ逃げ出していました。
その様子に、「危ないから、中に居た方が良い!」と叫ぶ声も聞こえました。
身体に感じる揺れを何度か繰り返した後、テレビでは、各地の震度が表示され始めていました。
大きいけれど…この後、ショッキングで悲しい場面が、ここに映ることなんて、想像すらしていませんでした。
「きっと大丈夫。。。」と、心の中で唱えつつも、津波警報が出る頃には、
近くに住む母を案じ、電話していましたが、携帯にも、固定電話にも繋がりませんでした。
その後も、母を含め、心当たりに電話したのですが、全く繋がらない状態でした。
揺れがおさまって、気持ちが、落ち着きを取り戻した頃だったでしょうか。
各地で、津波による潮位の変化があったことが分かりだして間もなく。
ある地区の様子がテレビ画面に映し出されていたのですが、波が押し寄せて来る様と、
そのすぐ近くの陸橋では、何台もの車が、端に寄せ始めたり、引き返したり、
きっと必死だったであろう避難の様子がわかりました。
同じ場所だったのか、違う場面に変わったのか、今思い出せませんが、
どう判断したのか、車が引き返して、画面の上の方へ去った行き、
画面から姿が見えなくなって、ややしばらくして、その方向から、波が押し寄せて来たのです。
「あ〜っ」と、声を上げ、私は、顔を覆っていました。
向こうへ行った車、ドライバーさんは、逃げ切ることができただろうか。
逃げ切っていて欲しい!
そして、次々と、信じられない惨劇の様が、目に飛び込んで来ました。
本当に、こんなことがあるのだろうかと、恐ろしすぎて、言葉にできない、そんな思いばかり。
北海道にも、ずっと大津波警報、津波注意報が出ていました。
タックとクッキーが住む、函館では、観光名所である、西部地区のベイエリアの辺りと、
朝市のある、駅周辺は、津波が押し寄せ、浸水の被害が出ました。亡くなった方も1名います。
南西沖地震の時、奥尻島という所で、甚大な被害があり、
それに伴う津波で、多くの方が、命を落としました。
ですが、大津波が押し寄せる映像は、今回初めて見ました。
マンションの、多少上のフロアに居住しているのだし、
最悪、外に駐車している車がダメになったりすることがあっても、
建物の中に居ることで、免れると思っていたのですが、そんなことはありません。
大津波が押し寄せたら、よほど最上階に居ない限り、避難しない限り、
人命を守ることはできないことを思い知らされました。
ましてや此処は、海に近く、マンションの前には、海に通じる川も流れています。
驚異的な力で、町が、波にのみ込まれていく、流されていく…津波の恐ろしさ…
自然の力に勝るものは何もないという事実を、改めて突き付けられた日です。
「絶望的」「壊滅的」という、残酷な言葉ばかりが聞こえて来ますが、
一人でも多くの命の救助に思いを馳せるだけです。