2011年03月14日

津波のおそろしさ

あの日…

タックとクッキーの住む地方は、晴れ渡った空が広がっていました。
そう、今思い起こしても、すごく穏やかな昼下がりだったはず。
そして、その時間がまだ少し続いた後、いつものように、ありきたりだけど、
平穏に、一日が終わるはずでした…


ですが、突然、いつもとは違う、大きく、はっきりと身体に感じる揺れが襲い、
部屋の中では、ガタガタ、振動で物が動く音があちこちから聞こえ、
照明や、壁に掛けてある物等が、左右に、ゆらゆら動き。
その時間が長く続いたので、不安な最中でも、1993年の北海道南西沖地震を思い出していました。
あの時は、この揺れがおさまることなく、激しくなり、もう駄目かと、悲鳴を上げていたのですが、
その恐怖が蘇りました。そんなことになったら、どうしようか…

既に、タックとクッキーを抱き上げ、キャリーの中へ避難させてはいたものの、
さらなる不安を感じ、より安全な場所へと、テーブルの下へ移動。

テレビをつけ、玄関を開け、ベランダを開けると、
隣のマンションの数人は、外へ逃げ出していました。
その様子に、「危ないから、中に居た方が良い!」と叫ぶ声も聞こえました。

身体に感じる揺れを何度か繰り返した後、テレビでは、各地の震度が表示され始めていました。
大きいけれど…この後、ショッキングで悲しい場面が、ここに映ることなんて、想像すらしていませんでした。
「きっと大丈夫。。。」と、心の中で唱えつつも、津波警報が出る頃には、
近くに住む母を案じ、電話していましたが、携帯にも、固定電話にも繋がりませんでした。
その後も、母を含め、心当たりに電話したのですが、全く繋がらない状態でした。

揺れがおさまって、気持ちが、落ち着きを取り戻した頃だったでしょうか。
各地で、津波による潮位の変化があったことが分かりだして間もなく。
ある地区の様子がテレビ画面に映し出されていたのですが、波が押し寄せて来る様と、
そのすぐ近くの陸橋では、何台もの車が、端に寄せ始めたり、引き返したり、
きっと必死だったであろう避難の様子がわかりました。

同じ場所だったのか、違う場面に変わったのか、今思い出せませんが、
どう判断したのか、車が引き返して、画面の上の方へ去った行き、
画面から姿が見えなくなって、ややしばらくして、その方向から、波が押し寄せて来たのです。
「あ〜っ」と、声を上げ、私は、顔を覆っていました。
向こうへ行った車、ドライバーさんは、逃げ切ることができただろうか。
逃げ切っていて欲しい!

そして、次々と、信じられない惨劇の様が、目に飛び込んで来ました。
本当に、こんなことがあるのだろうかと、恐ろしすぎて、言葉にできない、そんな思いばかり。

北海道にも、ずっと大津波警報、津波注意報が出ていました。
タックとクッキーが住む、函館では、観光名所である、西部地区のベイエリアの辺りと、
朝市のある、駅周辺は、津波が押し寄せ、浸水の被害が出ました。亡くなった方も1名います。

南西沖地震の時、奥尻島という所で、甚大な被害があり、
それに伴う津波で、多くの方が、命を落としました。
ですが、大津波が押し寄せる映像は、今回初めて見ました。

マンションの、多少上のフロアに居住しているのだし、
最悪、外に駐車している車がダメになったりすることがあっても、
建物の中に居ることで、免れると思っていたのですが、そんなことはありません。
大津波が押し寄せたら、よほど最上階に居ない限り、避難しない限り、
人命を守ることはできないことを思い知らされました。
ましてや此処は、海に近く、マンションの前には、海に通じる川も流れています。
驚異的な力で、町が、波にのみ込まれていく、流されていく…津波の恐ろしさ…
自然の力に勝るものは何もないという事実を、改めて突き付けられた日です。


「絶望的」「壊滅的」という、残酷な言葉ばかりが聞こえて来ますが、
一人でも多くの命の救助に思いを馳せるだけです。


P1330508.JPG


posted by makiko at 23:17| 北海道 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ワンコのこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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